山田太一の名言

山田太一のプロフィール

山田太一
書籍一覧

山田太一(やまだ たいち/1934年6月6日-/男性)は、東京都台東区出身の脚本家小説家。本名は「石坂 太一」(いしざか たいち)。元々は教師になるつもりであったが就職難で教師の口がなかったため、大学卒業後に松竹に入社。松竹では木下惠介監督に師事し、木下恵介の映画をテレビドラマに脚色する仕事などを手掛ける。1965年に同社を退社し、フリーの脚本家に転身。1973年に発表した『それぞれの秋』で芸術選奨新人賞受賞。1976年にはNHKのテレビドラマ「男たちの旅路」が山田太一シリーズとして発表され、高い人気を獲得。また、自身の小説をテレビ化した『岸辺のアルバム』(1977年)では中流家庭の崩壊をリアルに描き、大きな反響を呼んだ。1970年代には倉本聰、向田邦子とともに「シナリオライター御三家」と称されるようになり、「山田太一ドラマ」と作品のクレジットに冠されることも多くい。 (参考文献:ウィキペディア+Amazon.co.jp+PHP)

作品

主な作品(テレビドラマ)に「遠まわりの雨/2010年」「ありふれた奇跡/2009年」「星ひとつの夜/2007年」「終りに見た街/2005年」「やがて来る日のために/2005年」「高原へいらっしゃい/2003年」「そして、友だち/2000年」「春の惑星/1999年」「鳥帰る/1996年」「春の一族シリーズ/1993年」「丘の上の向日葵/1993年」「チロルの挽歌/1992年」「友だち/1987年」「時にはいっしょに/1986年」「深夜にようこそ/1986年」「シャツの店/1986年」「輝きたいの/1984年」「真夜中の匂い/1984年」「日本の面影/1984年」「ふぞろいの林檎たち/1983年」「夕暮れて/1983年」「早春スケッチブック/1983年」「 タクシー・サンバ/1981年」「想い出づくり。/1981年」「獅子の時代/1980年」「沿線地図/1979年」「緑の夢を見ませんか?/1978年」「岸辺のアルバム/1977年」「さくらの唄/1976年」「高原へいらっしゃい/1976年」「男たちの旅路/1976年」「真夜中のあいさつ/1974年」「藍より青く/1972年」「知らない同志/1972年」「パンとあこがれ/1969年」など多数

山田太一の名言集

努力をしなさい と小さい頃から
言われ続けてきます。

夢を持って努力をすれば、
それは必ず叶うのだと。

でも、人間とは
そんな可能性の
塊ではありません。

どんなに努力をしても、
必死になって頑張っても、
どうにもならない事がある。

物事がうまく いかない人に対して、

「うまくいかないのは
君の努力が足りないからだ」
と責めてしまう。

努力しないからダメだ
というその考え方が、
不当にたくさんの人を
傷つけているように
私は思うのです。

努力をすることは
もちろん大事なことです。

ただし、その結果が どうであろうと、

その人の価値は
何ら変わることはない。

あの大きな津波※の中で
いくら必死に生きよう
と努力をしたとしても、

どうにもならなかった
人たちが
たくさんいるでしょう。

亡くした親族や友人のことを
簡単に諦めるなどということは
絶対にできない。

あの光景は一生忘れることは
できないできないかもしれません。

でも、生かされた人たちが
自分を責めてはいけない。

(※東日本大震災について)

たしかに生きる意味
については
多くの書物に記されている。

でもはたして
それだけが真実なのか。
そうじゃないかもしれない。

仕事とはこんなもんだ。
人生とはこうあるべきだ。

家族とはこうで
なければいけない…。

さもそれが現実だと
言わんばかりに、
単一的な価値観を
押し付けられます。

しかし、この世の中の
あらゆることが
決まっているわけでは
ありません。

それらは時代の限界で
単一化されている
だけかもしれない。

まだまだ、
「そうじゃないかもしれない」
と立ち止まる余地は
あるのです。

幸せとは
何でしょうか。

美味しいご馳走が
食べられる。
海外旅行に好きに行ける。

おしゃれな部屋に
住むことができる。

あるいは、
会社のなかで出世する。

きっとこういう事が
世間で言うところの
幸せではないでしょうか。

ほんとうにそうですか。
いったい誰が、それらを
幸せだと決めたのですか。

そうじゃないかもしれない、
そんなところに
幸せなどないかもしれない。

ならば自分自身の幸せを
探してみよう。

このエネルギーこそが
若さだと思う。

世間で言われているような
幸福観と比較する必要など
まったくありません。

仕事とはこんなものだ。
人生とはしょせんそんなものだ。

それは若い人が
言うべき言葉ではないし、

安易に受け入れることでは
ありません。

世間の通念を
鵜呑みにすることなど、
若い人には似合わない。

大切なことは、自分の力で
自分の幸福を探すことです。

私の青春時代は、
日本中が貧しさに
あえいでいました。

明日ご飯が
食べれるかどうかも
わからない。

そんな時代からすれば、
今はほんとうに
豊かな時代です。

不況でお金がないと言うけれど、
みんな牛丼の大盛りくらいは
食べられるでしょう。

あんなご馳走を私は若い頃に
食べたことがありません。

私たちの世代からみれば、
今は天国にいて愚痴を言っている
ようにさえ思えます。

自分が嫌なことは、
人にはしないようにしましょう
と言いますね。
これはもっともなことです。

ただ、世界中の人が
そのようにすれば、
世界は平和になります。

というのはどうでしょうか。
綺麗事ですね。

自分が嫌でなくても、
人は嫌なことというのは、
幾らでもあります。
もちろん、その逆もある。

そういうところから、
人は傷つけあってしまう
ということを、

綺麗事でなく
教えなくてはならない
と思います。

前に進むことだけが
幸福ではない。

どこへ行っても
自分の限界以上のことは
体験できない。

美しい海を見に行く
歴史的な建造物を訪ね歩く。

でも魂の領域も貯えというか、
感性のようなものがなければ、

どんな素晴らしい
景色も建造物も
テレビで見るのと変わらない。

つまり、自分の器量以上のものは
見えないことに気づきます。

限界を知るのは
マイナスじゃないんです。

人はいずれ死ぬ。
限界があることも含めて
「生きる」ということは
魂のチャンス。

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