山本周五郎の名言

山本周五郎のプロフィール

山本周五郎
書籍一覧

山本周五郎(やまもと しゅうごろう/1903年6月22日-1967年2月14日/男性)は、山梨県北都留郡生まれの小説家。本名は「清水三十六(しみず さとむ)」。市井に生きる庶民や名も無き流れ者を描いた作品で高い評価を得ている人物であり、登場人物が辛酸を嘗め尽くし、志半ばで力尽きてしまうものも少なくないが、生きる上でのヒントとなる含蓄のある台詞を彼らに吐かせるというのも山本の作風の特長となっている。また、山本周五郎の多くの作品が映画・テレビドラマ・舞台化されている。(参考文献:ウィキペディア+Amazon.co.jp)

作品

主な作品に「廣野の落日(1920年)」「日本婦道記(1942年)」「寝ぼけ署長(1948年)」「栄花物語(1953年)」「正雪記(1953-54年、1956年)」「樅ノ木は残った(1954-58年)」「赤ひげ診療譚(1958年)」「天地静大(1959年)」「五瓣の椿(1959年)」「青べか物語(1960年)」「季節のない街(1962年)」「さぶ(1963年)」「虚空遍歴(1963年)」「ながい坂(1966年)」などがある。

山本周五郎の名言集

人間がこれだけは
と思いきったことに
十年しがみついていると、
大体ものになるものだ。

人間の一生には
晴れた日も嵐の日もあります。

どんなに苦しい悲惨な状態も、
そのまま永久に続く
ということはありません。

現在は現在、
きりぬけてみれば
楽しい昔語りになるでしょう。

まあ焦らずに
悠くり構えるんですね。

こんな暮らしの中にも
また味のあるものですよ。

人間は調子のいいときは、
自分のことしか考えないものだ。

自分に不運がまわってきて、
人にも世間にも捨てられ、
その日その日の
苦労をするようになると、

はじめて他人のことも考え、
見るもの聞くものが
身にしみるようになる。

男は階段を駆け降りるような
ことはしてはいけない。

人間、本当に生きようと思って、
実際にその生きることに
情熱を感じて仕事をしていれば、

金というものは
付随的についてくるものです。

人生は無限の教訓に
満ちあふれている。

しかしどの一つとってみても、
万人にあてはまるものはない。

それを教訓にするかどうかは、
君自身の選択にかかっている。

この世で経験することは、
なに一つ空しいものはない。

歓びも悲しみも、
みんな我々に
よく生きることを教えてくれる。

この世で生きてゆくということは、 損得勘定じゃあない。

短い一生なんだ、
自分の生きたいように
生きるほうがいい。

一足跳びにあがるより、
一歩ずつ登るほうが
途中の草木や泉や、
いろいろな風物を見ることができるし

それよりも、
一歩、一歩を慥(たし)かめてきた、
という自信をつかむことのほうが
強い力になるものだ。

勤労の裏づけのない富は、
人間を誤る。

読書、なかんずく
小説を読む喜びは、

もうひとつの人生を
経験することができる、
という点にある。

目的を定めて
事を起こすとき大切なことは、

目的が達せられるか
という結果ではなく、

目的を達成するために
努力する過程である。

心に傷をもたない人間が
つまらないように、

あやまちのない人生は
味気ないものだ。

幸運を望む男よ、
お前が三つしか事を為さないのに
十の結果を望んでいる間は、
幸運は来はしない。

幸運を望む男よ、
お前が二つ結果を得る為に、
十の事を為したら必ず、
幸運は来るぞ。

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