勝海舟の名言

勝海舟のプロフィール

勝海舟
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勝海舟(かつ かいしゅう/1823年3月12日-1899年1月21日/男性)は、江戸時代末期から明治初期にかけて活躍した武士政治家。 「山岡 鉄舟(やまおか てっしゅう)」「高橋 泥舟(たかはし でいしゅう)」と並び「幕末の三舟」と称される人物。 10代の頃に「男谷 信友(おたに のぶとも)」「大石 進(おおいし たねつぐ)」と並び「幕末の三剣士」と称された「島田 虎之助(しまだ とらのすけ)」に入門し剣術と禅を学び、直心影流剣術の免許皆伝となる。その後、永井青崖に蘭学を学び、私塾「氷解塾」を開く。安政の改革で才能を見い出され長崎海軍伝習所に入所。 戊辰戦争の際には、幕府軍の軍事総裁を務め早期停戦と江戸城無血開城を主張し実現させている。明治維新後に、参議、海軍卿、伯爵、枢密顧問官などを歴任。 特に幕末の活躍で知られる人物であり、小説やドラマ、映画などで取り上げられることも多い。(参考文献:ウィキペディア+Amazon.co.jp)

勝海舟の名言集

いわゆる心を明鏡止水のごとく、
研ぎ澄ましておきさえすれば、
いついかなる事変が襲うてきても、
それに対処する方法は、
自然と胸に浮かんでくる。
いわゆる物来たりて順応するのだ。

おれは昔からこの流儀でもって、
種々の難局を切り抜けてきたのだ。

それからまた、世に処するには、
どんな難事に出逢っても、
臆病ではいけない。

さあ、なにほどでも来い。
おれの身体が、
ねじれるならば、ねじってみろ
という料簡で事をさばいてゆくときは

難時が到来すればするほど、
おもしろ味がついてきて、
物事は造作もなく
落着してしまうものだ。

上がった相場は、
いつか下がる時があるし、

下がった相場も、
いつか上がる時があるもの。

その間十年、焦らず屈んでおれば、
道は必ず開ける。

事を成し遂げる者は、
愚直でなければならぬ。
才走ってはうまくいかない。

外交の極意は、誠心誠意にある。
ごまかしなどをやると、かえって、
こちらの弱点を見抜かれるものだ。

功名をなそうという者には、
とても功名はできない。

戦いに勝とうという者にも、
とても勝ち戦はできない。

何ごとをするにも、
無我の境に入らなければいけない。

生業に貴賤はないけど、
生き方には貴賤がある。

自分の価値は、
自分で決めること。

つらくて貧乏でも、
自分で自分を殺すことだけは、
しちゃいけないよ。

やるだけのことはやって、
後のことは心の中で、
そっと心配しておれば良いではないか。
どうせなるようにしかならないよ。

その人がどれだけの人かは、
人生に日が当たってない時に、
どのように過ごしているかで図れる。

日が当たっている時は、
何をやってもうまくいく。

何でも大胆に
かからねばならぬ。

難しかろうが、易しかろうが、
そんな事は考えずに、
いわゆる無我の境に入って
断行するに限る。

人はみな、
さまざまに長ずるところ、
信ずるところを行えばよい。

社会は大きいのだから、
それでなんの不都合もない。

敵は多ければ多いほど、
面白い。

功名をなそうという者には、
とても功名はできない。

きっと戦いに勝とうという者には
なかなか勝ち戦はできない。

これらはつまり無理があるから
いけないのだ。

せんじつめれば、
余裕がないからのことよ。

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