ジャイアント馬場の名言

ジャイアント馬場のプロフィール

ジャイアント馬場
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ジャイアント馬場(ジャイアントばば/1938年1月23日-1999年1月31日/男性)は、新潟県三条市出身のプロレスラー。本名は「馬場 正平」(ばば しょうへい)。力道山やアントニオ猪木と並ぶプロレス界の大スターであり、現役時代にNWA世界ヘビー級王座に3度輝いたほか、全日本プロレス代表取締役社長&会長、NWA第一副会長などを歴任。元々はプロ野球選手として活躍した人物でもあり、巨人の二軍選手として2年連続の最優秀投手賞(二軍)を受賞した後、1957年10月に一軍デビュー。しかし、視力の急激な低下に見舞われ、復帰したものの1959年に解雇。翌年に大洋ホエールズに移籍予定であったが、宿舎の風呂場で転倒し左肘に17針を縫う大けがを負っため、内定が取り消され、現役引退。その後、プロレスへ転進し、田中米太郎とのシングル戦でデビュー。芳の里、マンモス鈴木らとアメリカに遠征し、数々のタイトルに挑戦。1964年に豊登とのタッグで第11代アジアタッグ王座、翌年にインターナショナル・ヘビー級王座を獲得。1966年にルー・テーズ戦でインターナショナル・ヘビー級王座を初防衛し、日本プロレスのエースとして認識されるようになり、1972年に全日本プロレスを旗揚げ。当時世界で最も権威があるとされたNWA世界ヘビー級王座をアジア人として初めて獲得するなど、その後も数々の活躍を見せ、生涯で通算5769試合を行った。(参考文献:ウィキペディア+Amazon.co.jp)

ジャイアント馬場の名言集

基本である1、2、3を
きちんと練習しないで、
いきなり4とか5をやるな。

成り行きと言うと
無責任なイメージを持つけど
これほど強いものはない。

つまり、自然の流れに逆らわずに
正直に生きるってこと。

人生は、
チャレンジだ。

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