ジェリー・ミンチントンの名言 第2集

ジェリー・ミンチントンの名言2

ジェリー・ミンチントン
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アメリカの自己啓発作家、エッセイスト、実業家、講演家「ジェリー・ミンチントン」の名言 第2集をお楽しみください。

ジェリー・ミンチントンの名言集

利己的な人間は
自分を愛しすぎているのではなく
自分をほとんど愛していない。

彼らの行動は
過剰な自己愛の産物のように
見えるかもしれないが
実際は自信のなさに起因している。

利己的な人が
他人を愛していないのは事実だが
それよりもずっと
自分を愛していないことが
問題なのだ。

自尊心が高ければ
問題を引き起こす行動に気付いて
それを取り除くことが容易になる。

自分で問題をつくり出すのではなく、
心の平和を享受する。

人生が苦しみではなく楽しみになる。
人生とは楽しいものなのだ。

私たちに秘められた可能性は、
無限だ。

私たちはあるがままの自分を
愛されたことが
めったになかったので、
自分が基本的に
愛されない存在だと
思い込むようになった。

愛はビジネスの取引のように
何かと交換する商品だと勘違いした。

私たちが一定の規則に従い、
特定の条件を満たした場合にのみ、
親は私たちに愛を与えてくれた。

いい成績をとったとき、
問題を起こさなかったとき、
言いつけを守ったとき、
自分の部屋をきれいに片づけたとき、
頑張って勉強したとき、
いい友達を選んだとき、
親の様々な期待に応えたとき、
などだ。

けれども、私たちがそういった要求に
応えられなかったとき、
親は私たちを愛してくれなかった。

何らかの点で自分より優れている人と
比較されることによって、
私たちは自分が劣っていると
感じさせられてきた。

例えば、こんな具合だ。
「近所のあの子は勉強ができるのに、
なぜあなたは勉強ができないの?」
「なぜ隣の子のように
いつもお行儀よくできないの?」
「いとこは奨学金をもらったのに、
なぜあなたは頑張ってしなかったの?」

親は私たちの長所を褒めずに、
短所ばかり強調した。

だから、私たちは自分が
深刻な問題を抱えていると
思い込むようになった。

多くの人は比較によって、
自分が無知だ、邪悪だ、
醜い、太ってる、みじめだ、
間抜けだ、不注意だ、怠け者だ、
愚か者だ、不器用だ、どうしようもない、
というようなありとあらゆる痛烈な言葉で
自分を表現するようになった。

私たちはこうして自分に
否定的なレッテルを数多く貼って育った。

親から浴びせられた批判の言葉は
あまりにも馴染み深くなり、
私たちはとうとう自分で
自分を罵倒するようになった。

何かが真理であると思い込むと、
それが実際に
真理であるかどうかは関係ない。

私たちはいったん思い込みにとらわれると、
まるでそれが真理であるかのように
ふるまうようになる。

私たちが幸せな人生を
送ることができないのは

「ゴミ」のような考え方を
心に植え付けているからである。

私たちの課題は
自分をより愛することではなく、
自分をより嫌わないことだ。

高い自尊心をつくり出す必要はない。
高い自尊心は自然な状況なのだ。

有害な間違った考え方を取り除けば、
おのずと自分に好感が持てるようになる。

低い自尊心の原因となっている
間違った考え方を取り除けば
自分を嫌う理由がなくなるから、
私たちはおのずと自分が好きになる。

自尊心を取り戻すことは、
今まで毎月の家賃を
払うお金に困っていたのに

自分の銀行口座に
百万ドルの預金があることを
思い出したようなものだ。

他人からどう見られているかを
想像することほど、
無駄なことはない。

他人の意見は
自分の意見よりも重要だろうか?

もし他人の意見が
自分の意見よりも重要だと思うなら、
自分よりも他人を
重視していることになる。

他人から認められるためには、
彼らが認めてくれるような
行動をとらなければならない。

その結果、他人によく思われたいと
決意した瞬間に、
私たちは思いどおりの
生き方をする自由を失う。

奇妙なように思えるかもしれないが、
私たちが他人に認められようとするのは、
自分で自分を認めていないからだ。

私たちが他人のことをどう思おうと
私たちの勝手であるのと同じように

他人が私たちのことをどう思おうと
他人の勝手である。

ジェリー・ミンチントンの名言 一覧

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