瀬戸内寂聴の名言
瀬戸内寂聴のプロフィール
瀬戸内 寂聴(せとうち じゃくちょう/1922年5月15日-)は、徳島県徳島市の小説家、尼僧(天台宗)、元天台寺住職現名誉住職、比叡山延暦寺禅光坊住職。元敦賀短期大学学長。旧名は「瀬戸内 晴美」(せとうち はるみ)。小説家として多くの文学賞を受賞している他、尼僧としても著名な人物。1997年に文化功労者に選出、2006年に文化勲章を受章。(参考文献:ウィキペディア+Amazon.co.jp)
著書
主な著書(共著含む)に「白い手袋の記憶」「花芯」「夏の終り」「女徳」「妻たち」「輪舞」「美は乱調にあり」「煩悩夢幻」「愛の倫理」「祇園女御」「祇園女御」「彼女の夫たち」「お蝶夫人」「恐怖の裁判」「ゆきてかえらぬ」「京まんだら」「ひとりでも生きられる」「いずこより」「嵯峨野より」「嵯峨野日記」「ブッダと女の物語」「インド夢幻」「人なつかしき 晴美」「諧調は偽りなり」「わが性と生」「花に問え」「白道」「文章修業」「文章修業」「わくわくどきどき」「人生への恋文」「生ききる。」「場所」などがある。
瀬戸内寂聴の名言集
幸福になるためには、
人から愛されるのが、
いちばんの近道です。
もし、人より素晴らしい世界を見よう、
そこにある宝にめぐり逢おうとするなら、
どうしたって危険な道、
恐い道を歩かねばなりません。そういう道を求めて歩くのが、
才能に賭ける人の心構えなのです。
私は自分の手で探り当て、
自分の頭で考えて、
納得したことでないと信じない。
一日一日を
大切に過ごして下さい。そして、
『今日はいい事がある。いい事がやってくる』
『今日はやりたい事が最後までできるんだ』
この事を思って生活してみて下さい。
年を取るということは、
人の言うことを聞かないでいい
ということだと思います。あとちょっとしか生きないんだから
と好きなことをしたらいいんです。周りを気にして
人生を狭く生きることはありません。
人は所詮(しょせん)一人で生まれ、
一人で死んでいく孤独な存在です。だからこそ、
自分がまず自分をいたわり、愛し、
かわいがってやらなければ、
自分自身が反抗します。
いろんな経験をしてきたからこそ、
あなたの今があるのです。
すべてに感謝しましょう。
お子さんに「何のために生きるの?」
と聞かれたら、「誰かを幸せにするために生きるのよ」
と答えてあげて下さい。
あなたは苦しんだ分だけ、
愛の深い人に育っているのですよ。
愛とは、
現在にしかないもの。
本当に苦しんでいる子どもに、
いろんな理屈を言っても駄目。まずは、子どもを抱きしめてやることが
大切なんです。
私は物心ついた時から職人の娘でした。
盆暮れしか休みが無いのが当然でしたから、
人間は働くものだと思って育ちました。
これは無言のしつけだったのでしょう。
人間は生まれる場所や立場は違っても、
一様に土にかえるか海に消えます。
なんと平等なことでしょう。
私たちの生きているこの世で
起きることにはすべて原因がある、
これが「因」(いん)です。
起こった結果が「果」(か)です。因果応報というように、
必ず結果は来るのです 。
学校の成績なんて
気にすることはありません。何か好きなことが一つあって、
それを一生懸命できるということが
人生の一番の喜びなんです。
瀬戸内寂聴の名言 一覧
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