山岡鉄舟の名言

山岡鉄舟のプロフィール

山岡鉄舟
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山岡鉄舟(やまおか てっしゅう/1836年7月23日-1888年7月19日/男性)は、江戸時代後期から明治時代中期にかけて活躍した幕臣、武士政治家思想家。号は「鉄舟」、諱は「高歩」(たかゆき)、通称は「鉄太郎」(鐵太郎、てつたろう)、他に「一楽斎」とも。勝海舟高橋泥舟とともに「幕末の三舟」と称される人物であり、剣・禅・書の達人としても知られ、一刀正伝無刀流(無刀流)の開祖でもある。幕臣時代に「清河八郎」とともに浪士隊を結成した他、江戸無血開城の際には勝海舟と西郷隆盛の会談前に、単身で西郷と開城の条件交渉なども行った。明治政府では、静岡藩権大参事、茨城県参事、伊万里県権令、侍従、宮内大丞、宮内少輔などを歴任。(参考文献:ウィキペディア+楽天ブックス)

山岡鉄舟の名言集

晴れてよし 曇りてもよし
富士の山

もとの姿は
変わらざりけり

人には秀でた所もあれば、
劣った所もある。

一概に人を捨てたり、
笑ったりはできない。


<原文>

人にはすべて能不能あり。
一概に人を棄て、
あるいは笑うべからず。

無刀とは
心の外に刀が無いこと。

敵と相対するとき、
刀に拠ることなく、
心を以って心を打つ、
これを無刀という。

何時何人に接するも
客人に接するよう心得べし。

名利のため
学問技芸すべからず。

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