森鴎外の名言

森鴎外のプロフィール

森鴎外
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森鴎外(もり おうがい/1862年2月17日-1922年7月9日)は、石見国(現:島根県)出身の小説家評論家翻訳家劇作家。 明治から大正にかけて小説家として活躍し、夏目漱石と並ぶ文豪と称されている人物。 東京大学の医学部を卒業後、陸軍軍医となり陸軍省派遣留学生としてドイツで4年過ごし、帰国後に訳詩編「於母影」、小説「舞姫」、翻訳「即興詩人」を発表。 同人たちと文芸雑誌「しがらみ草紙」の創刊も行い文筆活動を開始。 日清戦争への出征などで一時期創作活動から離れていたものの、文芸雑誌「スバル」の創刊後に「ヰタ・セクスアリス」「雁」などを発表する。 歴史小説や史伝の発表も行っており、晩年は帝室博物館(東京国立博物館・奈良国立博物館・京都国立博物館etc)の総長や帝国美術院(日本芸術院)の初代院長なども歴任。(参考文献:ウィキペディア+楽天ブックス)

著書

主な代表作に「舞姫/1890年」「ヰタ・セクスアリス/1909年」「青年/1910年」「雁/1911年」「阿部一族/1913年」「山椒大夫/1915年」「高瀬舟/1916年」「渋江抽斎/1916年」などがある。

森鴎外の名言集

苦難が大きすぎて、
自分ひとりの力で支え切れない場合には、
家族から身を隠して一人で泣きなさい。

そして、苦悩を涙とともに洗い流したら、
頭をあげて胸を張り、
家族を激励するために家に戻りなさい。

日の光を借りて照る、
大いなる月であるよりも、

自ら光を放つ
小さな灯火でありなさい。

(原文:日の光を籍りて照る
大いなる月たらんよりは、
自ら光を放つ小さき燈火たれ)

みんなが誉めるのは、
おべっかである。

六割が誉めて
四割がけなすのが人材である。

世間の人は虎を、
性欲の虎を放し飼いにして、
どうかすると、

その背に乗って
逃亡の谷に落ちる。

己の感情は
己の感情である。

己の思想も
己の思想である。

天下に一人も
それを理解してくれなくたって、
己はそれに安じなくてはならない。

人に言うべき事は、
最後まできちんと言うがよい。

全部は言いたくないことだったら、
むしろ初めから黙っていよ。

一匹の人間が
持っているだけの精力を、
一事に傾注すると、

実際、不可能な事は
なくなるかも知れない。

現在は
過去と未来との間に、
画した一線である。

この線の上に生活がなくては、
生活はどこにもないのである。

武士はいざという時には
飽食はしない。

しかしまた空腹で
大切な事に取り掛かることもない。

一々のことばを、
はかりの皿に載せるような事をせずに、

なんでも言いたい事を言うのは、
われわれ青年の特権だね。

足ることを知ることこそが、
幸福である。

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