山本常朝の名言

山本常朝のプロフィール

葉隠
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山本 常朝(やまもと じょうちょう/1659年7月30日-1719年11月21日)は、『葉隠』の口述者として知られる江戸時代の武士。通称は「神右衛門」、俳号は「古丸」。「じょうちょう」という読みは42歳の出家以後の訓であり、それ以前は「つねとも」と訓じていたとのこと。9歳のときに、佐賀藩2代藩主「鍋島 光茂(なべしま みつしげ)」に小僧として召し使われ、14歳のときに光茂の小々姓となる(名を市十郎と改める)。20歳に元服して権之丞と改名し、御傍役として御書物役手伝に従事。その後、御書物役、書写物奉行、京都御用などを歴任する。光茂の死後に出家し、高伝寺了意和尚より受戒。佐賀城下の北10キロにある山地来迎寺村・黒土原の庵室朝陽軒に隠棲し、それから約10年後に田代陣基が常朝を慕い尋ねてきて、『葉隠』の語りと筆記がはじまったとされている。辞世の歌は「重く煩ひて今はと思ふころ尋入る深山の奥の奥よりも静なるへき苔の下庵 虫の音の弱りはてぬるとはかりを兼てはよそに聞にしものを」。(参考文献:ウィキペディア+楽天ブックス)

山本常朝の名言集

人間の一生などは、
ほんとうに短いものだ。

だから好きなことをして
暮らすのがよい。

つかの間ともいえるこの世において、
いやなことばかりして
苦労するなんて愚かなことだ。

だが、このことは、
悪く解釈すると害になるので、

若い人たちには
ついに教えることのなかった
「人生の秘伝」といったものだ。

人生のどんな隅にも、
どんなつまらなそうな境遇にも、
やっぱり望みはあるのだ。

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