沢庵宗彭の名言

沢庵宗彭のプロフィール

沢庵宗彭

沢庵宗彭(たくあん そうほう/1573年12月24日-1646年1月27日)は、安土桃山時代から江戸時代前期にかけて活躍した(臨済宗)。臨済宗大徳寺派大本山「大徳寺」の住持(主僧)。紫衣事件(しえじけん/紫衣を規制した幕府と許可を出した朝廷との対立事件)により出羽国(現在の山形県・秋田県あたり)へ流罪となり、釈放後に江戸で萬松山東海寺の住職となる(徳川家光により創建)。書画や詩文、茶の湯にも通じたほか、多くの墨跡を残した。一般的には沢庵(沢庵漬け)の考案者として広く知られているが、これについては諸説ある(沢庵考案説のほか、関西でもともと親しまれていたものを沢庵が広めた流布説など)。(参考文献・出典:ウィキペディア+Amazon.co.jp書籍紹介情報)

著作

主な著作に『不動智神妙録』『沢庵和尚法語』『理気差別論』『太阿記』『東海夜話』『明暗双双集』『鎌倉巡礼記』『安心法門』『玲瓏集』などがある。

沢庵宗彭の名言集

道を説く者は多いが
これを知る者は少ない。

知る者がいたとしても
実際に行える者は
さらに少ない。

説かずとも
知っている者は
説くだけの者よりも勝り

知らずとも
行っている者は
知っているだけの者よりも
勝っている。

説くのは知るため、
知るのは行うためである。

ゆえに知らぬのなら
説くべきではない。

知っているのに
行わないのは
知らぬと同じである。

<原文>

道を説く人はあるが
これを知る人は觧い。

これを知る人はあるが
行う人は觧い。

説きえずとも知るは
説くに勝り、

知らずとも行うは
知るに勝る。

説くは知るため、
知るは行うため。

故に知らぬは説かざるごとく
知りて行わぬは
知らぬと同じである。

※上記の「觧(解)」という漢字は、字体を崩してノートにメモしてしまっていたため、別の漢字の可能性があります(ごめんなさい)。直訳では觧は「とく、ほどく」などの意味になるため、文章の流れに合わせて少ないと訳しました。

一事を成さんとするなら
本心一途にするべきである。

人の良し悪しを
知りたければ、

愛し用いられている臣下や
親しみ交わる友人を
もって知りなさい。

※「地球の名言」では読者の方が読みやすく・わかりやすくするために、一部の名言に当サイト独自の中略(前・後略含む)・翻訳・要約・意訳等を施しています。そのため、他の名言サイト様とは表現が異なる場合がありますのでご了承ください。

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