松下幸之助の名言

このエントリーをはてなブックマークに追加

松下幸之助のプロフィール

松下幸之助
著書一覧

松下幸之助(まつした こうのすけ/1894年11月27日-1989年4月27日)は、和歌山県出身の実業家発明家技術者。日本を代表する電機メーカー「パナソニック」(旧社名:松下電器産業、松下電器製作所、松下電気器具製作所)を一代で築き上げた経営者であり、「経営の神様」とも称されている人物。16歳の時に大阪電燈(後の関西電力)に入社し、7年間勤務した後、妻や友人5人で電球ソケットの製造販売事業を開始(この時のメンバーには後に三洋電機を創業することとなる井植歳男がいる)。1918年に事業拡大に伴い「松下電気器具製作所」を創業。1935年に「松下電器産業株式会社」へと社名変更。1946年に「PHP研究所」を設立し倫理教育に乗り出す一方で、晩年は「松下政経塾」を立ち上げ政治家の育成にも力を注いでいた。(参考文献:ウィキペディア+楽天ブックス)

書籍

主な著書・関連書籍に「松下幸之助成功の金言365」「松下幸之助から未来のリーダーたちへ」「松下幸之助「一日一話」 仕事の知恵・人生の知恵」「松下幸之助夢を育てる」「松下幸之助の哲学 いかに生き、いかに栄えるか」「松下幸之助経営回想録」「松下幸之助若き社会人に贈ることば 自分の幸せは自分でつくれ」「松下幸之助 人を活かし育てるプロの教え」「松下幸之助日々のことば 生きる知恵・仕事のヒント(上・下)」「松下幸之助 私の行き方考え方」「松下幸之助発想の軌跡 経営の道・人間の道」「松下幸之助・経営の真髄」「松下幸之助散策・哲学の庭」「松下幸之助の予言 三度の不況を乗り切った日本人の信念」「松下幸之助は語る 情熱がなければ人は動かん」「松下幸之助が今の時代に伝えたいこと」「松下幸之助に学ぶ経営学」など多数。

松下幸之助の名言集

失敗の多くは、成功するまでに
あきらめてしまうところに、
原因があるように思われる。

最後の最後まで、
あきらめてはいけないのである。

石の上にも三年という。
しかし、三年を一年で習得する努力を
怠ってはならない。

いかにすぐれた才能があっても、
健康を損なってしまっては
十分な仕事もできず、
その才能もいかされないまま
終わってしまいます。

では健康であるために
必要なことは何かというと
栄養であるとか、
休養とかいろいろあるが、
特に大切なのは心の持ち方です。

命をかけるというほどの熱意を持って
仕事に打ち込んでいる人は
少々忙しくても疲れもせず、
病気もしないものです。

こけたら、
立ちなはれ。

「天は二物を与えず」と言うが、
逆に「なるほど、天は二物を与えないが、
しかし一物は与えてくれる」
ということが言えると思う。

その与えられた一つのものを、
大事にして育て上げることである。

すべての人を
自分より偉いと思って仕事をすれば、

必ずうまくいくし、
とてつもなく大きな仕事ができるものだ。

現在与えられた今の仕事に
打ち込めないような心構えでは

どこの職場に変わっても
決していい仕事はできない。

たとえ平凡で小さなことでも、
それを自分なりに深く噛みしめ味わえば
大きな体験に匹敵します。

とにかく、考えてみることである。
工夫してみることである。

そして、やってみることである。
失敗すればやり直せばいい。

どんなに悔いても
過去は変わらない。

どれほど心配したところで
未来もどうなるものでもない。

いま、現在に
最善を尽くすことである。

人の心は
日に日に変わっていく。

そして、人の境遇もまた、
昨日と今日は同じではないのである。

悪い時が過ぎれば、
よい時は必ず来る。

おしなべて、
事を成す人は必ず時の来るのを待つ。

あせらずあわてず、
静かに時の来るのを待つ。

人類の生命は無限。
だからその未来は無限。

だから、まだまだお互いに
進歩しなければならないのである。

冷静ほど、
大事なことはないのである。

失敗すればやり直せばいい。
やり直してダメなら、もう一度工夫し、
もう一度やり直せばいい。

松下幸之助の名言集

このエントリーをはてなブックマークに追加

スポンサーリンク


スポンサーリンク



バックナンバー


ページトップに戻る